“エル マタドール”マリオ=ケンペスを擁し、決勝3−1でオランダを葬る。初の自国開催で初の栄冠に!


world cup   伝説の 1986 2002 の記憶

本大会出場2連続7度目


 初の自国開催に長年の優勝の夢をかけるアルゼンチン。
 4年の準備期間と無条件の指揮権を与えられた代表監督セサール=ルイス=メノッティは長期的な展望と旧弊を打破した攻撃的なサッカーをもって優勝チーム作りをスタートする。'76年 政権が軍に変わり政情不安と激しいインフレに被われながらもメノッティは続投となり、逆に軍事政権から強い後ろ盾を得ると、理論でも実践でも飛躍的な成長を遂げ、チームは本大会へ。
 1次リーグ、B組。ハンガリー・フランス(この試合でルーケが右肘脱臼で2試合 欠場)に僅差で競り勝ったがイタリアに1敗を喫して辛くも2位でこれを突破すると、2次リーグからは'76−'77・'77−'78シーズン リーガ エスパニョーラ得点王の看板を引っ下げて全国民期待のスター マリオ=ケンペス[FW]が登場し、前評判にたがわずパワー全開。ポーランドを2ゴールで沈め、第2戦のブラジル戦は不発で引き分けると、決勝進出のために4点以上且つ3点差以上で勝つことに迫られた第3戦のペルー戦も(ブラジルがポーランドに3−1で勝って得失点差5点とし、アルゼンチンは2点)疑惑がささやかれながらも、序盤からケンペス・ルーケらが畳みかけて6−0で突破(アルゼンチン軍事政権がペルー軍事政権へ八百長を持ちかけたとの疑惑に、ペルーGKラモン=キロガが試合会場の地元ロサリオの出身でペルーに帰化した事実が疑惑に拍車。また、ブラジルは3位決定戦で次の '82年大会を制するイタリアを下して無敗のまま3位)。
 48年を経ての決勝、会場は 77,260人がうねるブエノス アイレスのエスタディオ リーヴェル プレート。スタンドから投げ込まれた無数の紙吹雪はナイアガラの滝と化し、何千のアルゼンチン国旗がたなびき、
「アル・ヘン・ティーナー」の歓呼がこだまする・・・。相手はA組を首位で抜けて来た前回大会の準優勝国、黄金期のオランダ(スター、J=クライフ[FW]はコンディション不十分により(本人談)で大会 不参加)。試合開始 早々から波状的に攻め立てるアルゼンチンに対しオランダがカウンターで返すと、アルゼンチンは38分ドリブルからアルディレス → ルーケと繋いだパスをケンペスが正面からゴールに突き刺して先制。後半はオランダが攻勢に出、途中交替したナニンガ[DF]が81分ヘディングで土壇場で同点に追いつく。ロスタイム、レセンブリング[FW]のシュートはゴールポストへ、あわや。12振りの決勝延長に入ると、中盤から攻撃を試みるアルゼンチンは 105 分ケンペスがDF2人をドリブル突破してシュートし、GKに跳ね返ったボールを押し込んで勝ち越し。体力の消耗 激しいオランダは反撃を仕掛けるが、逆にケンペスの速攻からショートパスをつなぎベルトーニが3点目を叩き込んで、試合終了。アルゼンチンが 2500 万国民が待ちに待った初の栄冠に輝く。


大 会 概 要
【出 場】  16チーム(アルゼンチン、イタリア、イラン、オーストリア、オランダ、スウェーデン、スコットランド、
       スペイン、チュニジア、西ドイツ、ハンガリー、ブラジル、フランス、ペルー、ポーランド、メキシコ)
       /予選参加 105チーム
【大会方式】 4組で1次リーグを、各組上位2チーム(計8チーム)がA・B組に振り分けられて2次リーグを、勝者同士
       が決勝、2位同士が3位決定戦を戦う。


フォーメーション

ルーケ
ケンペス            ベルトーニ
オルティス   
  アルディレス
タランティーニ 
ガジェコ
   オルギン
パサレラ    
  ルイス=ガルバン

フィジョール
 


メンバーおよび戦績
 代表監督は、ロサリオ セントラルで長身のFWとして活躍し、 1974 W杯直後に就任したセサール=ルイス=メノッティ(40)。頭角を現してきたD=A=マラドーナ(17)の召集を求めるメディアの声に「若すぎる」と妥協せず、その規律と信念でチームを6ヵ国目のW杯優勝国に導く。翌 '79ワールドユース選手権 日本大会でも代表監督を務め、初優勝。1982 W杯も代表チームを指揮。
 登録メンバーは22名。ヴァレンシアから 25,000ドルで呼び戻されたマリオ=ケンペス以外は国内リーグ所属の選手が占める。しかし、'77・'78年コパ リベルタドーレスを連覇したボカ ジュニオルスや '78年国内リーグを制覇したキルメスからは一人も選ばれず、リーヴェル プレートからパサレラ('78・'82大会でキャプテン)、フィジョールなど5名が選出。ケンペスは3試合6ゴールで大会得点王に。
尚、アルゼンチンでは選手名のアルファベット順に背番号をつけており、ケンペスの10番は偶然。

 
Position
No.
選手(△は出場なし)
FW
 4
 ダニエル=ベルトーニ
 9
 レネ=ハウスマン
10
 マリオ=ケンペス
14
 レオポルド=ルーケ
MF
 1
 ノルベルト=アロンソ
 2
 オズヴァルド=アルディレス
 6
 アメリコ=ガジェゴ
12
 オマール=ラローサ
16
 オスカル=オルティス
17
 ミゲル=オヴィエド
21
 ダニエル=ヴァレンシア
22
△リカルド=ビジャ
DF
 7
 ルイス=ガルヴァン
 8
△ルーベン=ガルヴァン
11
△ダニエル=キレール
15
 ホルヘ=オルギン
18
△ルーベン=パニャニーニ
19
 ダニエル=パサレラ
20
 アルベルト=タランティーニ
GK
 3
△エクトル=バレイ
 5
 ウバルド=フィジョール
13
 リカルド=ラヴォルペ
計22名
 
決 勝
アルゼンチン
3−1
オランダ
ケンペス
 ベルトーニ×2
ナニンガ

2次リーグ(2勝1分)
アルゼンチン
6−0
ペルー
ケンペス×2
 タランティーニ
 ルーケ×2
 ハウスマン
 

アルゼンチン
0−0
ブラジル
   

アルゼンチン
2−0
ポーランド
ケンペス×2  

1次リーグ(2勝1敗)
イタリア
1−0
アルゼンチン
ベッテガ  

アルゼンチン
2−1
フランス
パサレラ[PK]
 ルーケ
プラティニ

アルゼンチン
2−1
ハンガリー
ルーケ、アロンソ チャポー

7試合合計(5勝1分1敗)
16−3
 


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