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経済情勢の悪化と武装ゲリラの活動によりコロンビアから開催地が移ったメキシコ。「マラドーナの大会」とただ一人の選手が冠される、世界サッカー史に永遠に輝く伝説の大会。 監督C=ビラルド率いるアルゼンチンは南米予選では苦戦を強いられ、マラドーナに過度に依存したチーム作りは人々の不安と共に激しい批判を受けていた。マラドーナはバルセロナからナポリに移り、すでに世界最高年俸の超スター プレーヤーになっていた。 しかし、1次リーグ、全てマラドーナを起点としたプレーでバルダーノ(すでにリーガ エスパニョーラを席巻)らが前半で3ゴールを決め、まずは出場2度目のガチガチの韓国を一蹴(韓国はW杯 初ゴールを記録)。第2戦は、前回大会のディフェンディング チャンピオンで、マラドーナへの20回ものファールを認めない判定で連覇の夢を絶たれた相手、イタリア。しかし、マラドーナは前回大会の雪辱を晴らす同点弾を決め、ブルガリアとの第3戦(結果は2−0で勝利)を待たずして決勝トーナメントへ。 そして、開幕前から最大の注目を受けていたM=プラティニを擁するフランスはF=ベッケンバウアー監督 指揮の西ドイツに準決勝で姿を消し(フランスは3位)、もう一方のスター、ジーコを擁する優勝候補のブラジルも準々決勝で敗退していて、世界の注目は勢いマラドーナとアルゼンチンの行方に。 決勝トーナメント1回戦、雨の中ウルグアイを1−0で下してベスト8入り。 そして準々決勝、舞台は 114,580人の観衆を飲み込んだアステカ スタジアム。相手は4年前のフォークランド紛争で建国以来の苦杯を嘗めたイングランド。アルゼンチンはこれを2−1で沈めて溜飲を下げ、マラドーナの、後半6分にGK P=シルトンと重なりながら左手による「神の手ゴール」、その3分後60メールを独走しての「5人抜きゴール」は20世紀サッカーにおける最大のシーンに(通算対戦成績:2勝2分4敗)。
決勝に昇り詰めた相手は前回大会の準優勝メンバーを多数 揃え、次の '90大会でも決勝で相まみえる“皇帝”率いる絶頂期の西ドイツ。アルゼンチンは序盤から主導権を握ってゲームを進めたが、R=マテウスに徹底的にマークされてマラドーナが中盤に押し下げられると攻撃陣は機能不全に。以後マラドーナは司令塔に徹し、21分ブルチャガのFKから長身のブラウンがヘッドで先制点を上げると、56分にはマラドーナを起点にカウンター攻撃を仕掛け、エンリケのパスからバルダーノがフリーで抜けて2点目をゲット。だが、西ドイツは攻撃に態勢を切り替えると反撃 開始。73分・81分と左CKからのボールを押し込んで同点に追いつき、流れは西ドイツに。しかし、天運はアルゼンチンにあり。その3分後、マラドーナが一瞬のスキを突いて30mのパスを通すと、ブルチャガは走り込んで遮二無二シュート、ボールは時間が止まったかのようにゴール マウスへ、goaaaaaaaaaal ! アステカ スタジアムの巨大な歓声と地響に包まれながら、アルゼンチンは2度目の栄冠に輝く。マラドーナに賭けたC=ビラルドが世界に勝利した瞬間だった。 |
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